音楽と言葉とまぶたの裏の世界 

Karin's Wonderlandのブログ

好きな音、好きな言語、好きな人々

f:id:miss_quiet:20200613113945j:image

 

こんばんは世界。

 

今朝は目覚めたら雨の音。

すごく気持ちのよい目覚めでした。

時々そういう朝があります。

この気温、目覚めたときのお布団の肌触りが最高に気持ちよく感じませんか。

でも寒いのと違うから起きようという気にもなり。

 

もうすぐ夏至のせいか最近とてもそわそわしています。

この街に引っ越してきた年に、夏至の夜に何かに出逢えないだろうか、と出かけました(笑)

何かって何や…。

 

児童文学でアーサー王にまつわる冒険ものを読んだときに、夏至冬至が物語の中で重要な日として描かれていて。(イギリスに対する憧れが強まる自然の描写がたくさんありました。スーザン・クーパーっていう人の本で、ネス湖のお話もありました)

それから、夏至の夜には妖精が踊ったりする伝承とか、妖精画というジャンルの絵を知るようになり、また実際にイギリスに行ってみてサマータイムと冬を経験したりして。

何だか少しあちら側と繋がっていそうな印の日として、私の生活の中に馴染んでいます。

私は不思議な世界の話や、人間の遊び心が好きなのかも。

なんで妖精写真とか撮るんだ、なんでそこまで信じちゃうんだ(コナン・ドイルに言っている)、なんでミステリーサークルなんてものつくっちゃうんだぁぁ!と、イギリス人のいたずらとそれを許容してる社会がなんか素敵だな、と。

ビートルズやロックンロールだけじゃないんだぜ、と。

 

その夏至の夜、鉄筋コンクリートのマンションに帰ってくると、ああもっと古めかしく味わいのある建物に住んでみたいな、とマンションの蛍光灯の明かりを見上げました。

夢は叶い、今度は古めかしいところから抜け出せないけど…(笑)あんな気持ちになることはないな、そう言えば。

ああだこうだと言いつつ、けっきょくのところ、それなりにしっくり来ていますよね、これだけ長く住んでいるということは。

 

その夜は、けっきょく何にも出逢いませんでした。

目に見える形で、ということですけどね。

何かを感じたり、気配に触れることが、本当なのか私の想像力なのかわかりません。

わかんないんだけど。

そういうことなら、誰にでもあったりしませんか。

 

この数日は音楽よりもヒーリングの音を聞いています。

そうしたらくるり岸田繁さんが、自分の好きな「音」について語っていて。

この音が音楽より好きかもと。

ああ、なるほど!

好きな音は違うけど、音楽よりその音が好き、という感じがわかるかも。

わかるかもっていうか、それもありなんだ!と許された気持ちになりました(笑)

散歩するときとか、私は全然BGMがいらなくて。

周りからいくらでもいっぱい聞こえてくるものがあって、それを聞いていた方が光とか匂いも感じるから。

 

今日は雨が降っているので、ヒーリングの音源をかけなくても水音が存分に聞こえてきますね。

湿気の運ぶ匂いも、車の立てる水しぶきの音も、たっぷりとある。

 

ところで、ヒーリングな分野にも楽器があることを知りました。

最近いろんな動画を渡り歩く中でスピリチュアルな分野も見聞きしていて。

下記の楽器?をほしいものリストに入れてあります(笑)

・クリスタルチューナー

・シンギングボウル

・ティンシャ

とかね。

あと、ツリーチャイムの音も好き。

夢の幕開けを知らせるみたいです。

あと、おもちゃの鉄琴がちょっとほしくて…(楽しそう)。

私はどこへ行くのやら。

でもなんか、メロディ以前の根源にやってきたような、自由な気持ちになっています。

 

少し、何かを好きだと認めたいときに抵抗を感じることもあります。

スピリチュアルな言語にわくわくしていると、世の中的にはね…とか、見聞きした偏見?とかも出てきます。

あと実際に、好きなものの中にも同意し切れない言語や思想もあるわけで。

ここは好きだけどそれはどうもね、みたいな。

例えば、そもそもすべてに「意味」があるってとても人間的だな、と思い。

人間って主役ではないと思うので。

意味を与えた方が力が湧くことは、実際に多いのですけど。

まあ、違和感を持つことは健全であることだ、と私は思いますけどね。

これを「不思議な世界」に位置付けていいのかわかりませんが、ただ確かなことには、そういった話に自分がわくわくと耳を傾けているということです。

 

一つ感じていることは、世界にはいろんな言語があるな、ということ。

哲学の言語や、芸術の言語や、物理学の言語や、スピリチュアルの言語。

物事が(世界が)どう表されていると私は受け入れやすいのだろう。

でも多分、分野はどうあれ、学者さんのようにその世界を見てきた人たちの言葉が私は好きというか、落ち着くなという気がしています。

かなり極端に言えば、惹きつける能力に長けているカリスマ性のある人の言葉よりも、地道にそれに向き合ってきた、研究対象をこよなく愛するオタクみたいな学者さんたちの言葉が耳に心地よくいいですね。

愛の向かってる方向ですかね。

どう注目されるかじゃなくて、その対象が好きなんだなあという部分の純粋さ。

まあ、方向が違うだけでどこにだってその「純粋さ」ってあるのかもしれないですね。

そんな私は人間を見ているのが好きなのかなと思います。

そんなことも思いながら、気になった方をちょっと覗きにいったりしています。

トントントン、ガチャ、と。

 扉を開くのが日々楽しみです。

 

 

f:id:miss_quiet:20200613120521j:image