音楽と言葉とまぶたの裏の世界 

Karin's Wonderlandのブログ

今日は今日の愛しい時間

今日のライブおしまい!

お疲れさま。

 

2020年2月12日(水)の日記です。

 

今日は今までで一番声がよく出ました。

とても楽しかった。

でもお客さんを楽しませることはできなかった、と感じました。

反応がなかったから。

大人はみんな忙しい。

その中で来てくれたのにごめんね。

いいえ、ありがとう!!ほんとうに。

ライブは私の練習じゃないのに、ライブを経験することでしかわからないことがたくさんあります。

練習にならないようにそれまでにたくさん練習をして、本番では気持ちを込めるけど、歌もピアノも気持ちが伝わるのは技術があってこそだ。

この2年でできたことは、少ないな。

始めたばかり、とは言えなくなっていくし、そんなこと言うものでもない。

しかし難しいのはほんとうだ。

やり甲斐あるな。

 

ところで今日は、出演者全員がピアノ弾き語りの夜でした。

こんなことってあるんだ!

いやいや、そうしてもらったんだろう。

私もこの夜に入れてくださってありがとう。

私もピアノの演奏者なんだ。

弾く人によってとても違いました。

歌声と同じ。

 

終演後はダメ出しやらアドバイスやらヒントやらをいただきます。

こないだも、今日も、私がこうしよう!と思ってやったことをそれじゃいかんと言われたり、もっとこうした方がいいよ、と別の視点をくださいました。

それってすごくない?

なんか、わくわくします。

それじゃだめだったけど、意図を持ってやったことだから、なるほど、と思うのです。

それは紛れもなく私のステージにかけてくれた言葉だから、あたためます。

役者のときとは違う喜びがそこにはこもっているのです。

 

今の私はディズニーアニメーションです。

だって好きだものね。

明るくてけっきょく前向き(このブログにもそういった演出を施しているつもりです。元気ないときもあるけど)。

でも、もっと見せられる景色はたくさんあるんだと教えていただいた。

私が怖いと思っているものを、私が嫌いだと思っているものを、かっこ悪いものを、歌にできるだろうか。

 

足りないものはいつもありますよ。

また続きがあるんだな。

満たされたら、作品は生まれないのかもしれない。

演じることは向いていないかもしれないと毎日思います。

作るだけに専念しようかとも思うけど。

絵を描くのもやりたいし。

でもアニメーションには、絵と音が必要なんだ。

アニメは二次元、ステージは三次元。

私の空想は何次元だろう。

表し切れない、つかめないところにあるものたちよ。

 

年末くらいからしている呼吸法やストレッチの効果は、少しずつ私の声になって外の世界に出てきてくれました。

日曜日から喉が痛くてひやひやしていたのですが、半分は私の恐れかもしれないと思って。

本番では全然だいじょうぶでした。

変わるんだ、という実感は大切で。

私はそういう経験が乏しかった気がして。

終わりを自分で決めていたから。

まだやってみよう。

ようやく声が、地面から出てきたところです。

 

今日はいろいろ、この間はよかったことが、裏目に出ました。

すごく面白かった。

悲しくはなりませんでした。

そうなんだ、と思いました。

自分の成長と、お客さんにいいと思ってもらうことは別。

自分の成長は、私の人生の物語になっていきます。

今日も1ページ。