音楽と言葉とまぶたの裏の世界 

Karin's Wonderlandのブログ

冷たい冬の道すがら、いろいろな景色

仕事帰りにスタジオに向かう途中、北へ続く川にハラハラと雪が舞うのが、夕焼けの空に見えました。

一つ向こうの橋と、その上を通る車が少しだけぼんやりしたふうに見えました。

その向こうは、北の山。

空は水色とピンクの薄まった色をしていました。

そして白い雪。

とても綺麗で、空気がぴしゃりとして、冬はこんなだよ、と思い出す夕方でした。

 

よく練習するスタジオには犬がいて、とてもかわいい子なんですけど私はあまりお近づきになったことがありませんでした。

今夜は雪のせいかスタジオも空いていて、フロアには受付のお兄さんと私と犬だけでした。

それでおりの外で自由にしていて、私のところに来てくれたので、触ってみました。

予約の時間まで少しあったので、しばらく犬と過ごしました。

犬も私のところにいました。

入り口の方面を気にしているけれど、私の隣を選んで(私じゃなくても人ならよかったのかもしれないけど)座っていました。

なんかちょっとちいさなことでまた気持ちが疲れていたので、なんていうタイミングだろうな、と思いました。

久しぶりに動物と触れ合えました。

それに犬にはあまり触ることがない気がするな。

もう猫に触ることもないかもしれない。

犬は、猫よりもかたい。

筋肉がしっかりとして、毛もかたい。

そんなことを確かめるように撫でていました。

耳の形がちいさなおむすびみたい。

そばに来てくれてありがとう。

そうして今夜は練習をしました。

 

帰り道にはお寺を通って、木魚の音とお坊さんのお経が聞こえてきました。

そのあいだ、何か、夜の暗さと、本当の冬の冷たさとも混ざり合い、深く過去の方へ呼ばれていくような感じがしました。

懐かしい季節を自転車で走っていくような。

 

不登校の頃、病気で昼夜逆転の生活をしていた時に、夜中に「映像散歩」という番組を一人リビングにて鑑賞していました。

田舎とかいろんな風景と、音楽が流れているのがずっと続く番組です。

時々私の好きな大貫妙子さんの楽曲も使われていました。

私はそれを朝方まで見て、まだ暗いうちに起きてくる父にいってらっしゃいと言ってから、ソファで眠っていました。

その時に見た、雪景色とか、ふと思い出しました。

いま自分が、ぽつりととても遠いところにいるような気がしました。(実際に実家からは遠いのですが)

時間も場所も距離がありすぎて、故郷や、故郷での思い出と、どうやって繋がっているのだろうかと思えるほど。

あの頃から、どうやってここまで来てしまったんだろうか。

遠く感じても、全部この身体で通ってきたのですね。

全然遠くない。

 

いつも自分の感じる季節は(自然は)、人間より大きな存在だけれども、そこにはいつも(私の世界においては)人間の奏でる音楽が流れていて。

そのどちらもを私は美しいなと思います。

でも、音楽は人間にとっては素晴らしい音色であるけれど、自然と音楽の在り方については、実際に山で生活をしている高木正勝さんというピアニストの方の本を読んでみたい。

まだ読み進められていない。

生まれ育ちがニュータウンであり、”地元”の子供と触れ合った時の感覚などの描写を読み、どこかシンパシーを覚えることが多くて。

一度、この街のお寺でのライブを聴きに行ったことがありました。

そうそう、そんなこともありました。

 

過去を振り返ると、空想の旅をしているのとあまり変わらない。

さっきツイッターで教えを説いている有名人が、過去を振り返るなとツイートしているのを読んだばかり。

でも振り返って見える景色はいろいろだから、全部は当てはまらない。

それから、そういう過去の景色があることで、物語は生まれていくような気がして。