音楽と言葉とまぶたの裏の世界 

Karin's Wonderlandのブログ

金曜日の夜にはカクテルを

今日は金曜日の夜で、私は人と食事をする約束をしていました。

年上の女性で、仕事では私が先輩でした。

でも職種で考えると私よりもずっといくつもの場所を通過してきて、ベテランです。

私が舵をとらなければいけない時、その方のサポートがあると私は安心してよりよく働くことができました。

今でも、たまに会って会話をすることで、きっとその方は私を助けてくれているのかもしれません。

私がとても嬉しく思うのは、心強い年上の女性が、私の仕事の教え方を、今でも褒めてくれることです。

昔あったその時間は、職種が変わっても私の心を支えてくれるものの一つのはずです。

 


お話しができればどんなお店でもよかったけれど、少し素敵なシチュエーションを望んでいたので、雰囲気がおしゃれなイタリア料理のチェーンを予約して、ピザと野菜とお酒を頼みました。

 

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ミントやフルーツの入ったカクテルとか、見た目の綺麗なものを頼みたかったのです。

一般市民なのでほどほどの値段で。

 


でも最初はビールを頼みました。

昨日から飲みたかったのです。

最初の一口目を想像して、早くこの時間にたどり着かないかな、と。

素敵なスタイルのグラスでした。

細いラッパのよう。

女の人同士が乾杯をするのにぴったりな気がしました。

お疲れさま、カチン、とグラスを合わせました。

 


たくさんのことを話しました。

その人は気さくで誰にでも臆せず変わらない態度ができる人で、私は性格は違うけれど似たところもあるのでした。

コミュニケーションにおいて共感力を発揮するところとか、察するところとか、その他諸々。

 


次から次へと、たくさんの話しをしました。

私の方がたくさん喋ったような気もするし、だいたいおなじくらいずつ喋ったかもしれません。

 


徐々に周りが音で埋もれていきました。

そういえば、今日は金曜日でした。

 


最後にようやくミントの入った(モヒートではない)飲み物を頼み、ケーキを分けて食べました。

小さくて濃厚。

そういう甘いものが好きですが、まさにそんなケーキでした。

 


一人で淡々と過ごす日々は、私に新しい何かをもたらし、誰かと過ごす時間は、いかに私がちいさな視界で、思考の中で生きているか教えてくれます。

もし、実家を出ていなかったら、私は今でも簡単に貯金をして、好きな場所へ旅行していたかもしれません。

思うように行動がとれない日々は、その範囲においていかに行動すべきかという、忍耐強さや思考力や知恵を与えてくれます。

それでも、誰かと話した後には、もっと遠くに羽ばたいていきたい気持ちになりました。

淡々と集中している視界から外れて、もっと感じたかったのかもしれない自然な欲求が滲んでいきました。

何かができない時は、ほかの何かが磨かれているのです。

誰がどれだけ自由であれ、幸せであれ、不幸であれ、私は自分からは逃げられない。

そこに歯痒さと誇りを感じます。

 


明日はコンサートホールに、交響曲を聴きにいきます。

私にはそれを素敵だと思う感性があるのかまだわかりませんが。