夏へ続く道

 通りすがる人がどんな仕事をしているのか、どんな物語をお持ちなのか、つい勝手な想像をしたくなる夜道を、傘の中から眺めました。しとしとと雨が降り、私には少し肌寒い7月のイブニング。今夜は行き慣れない祇園のおしゃれなお店で待ち合わせをして、大切な友達と3人でお食事をしました。

 2人と出逢ったのはずいぶん昔です。私の8年半ほどの京都生活の歴史の中の、大切な時期に出逢いました。今夜は私が一番お姉さんでした。

 

 人が、大人になっていく様を、話を聴きながら感じました。私もまた、そうなんですが。年齢がお姉さんであるだけで、2人の考えていることは私には思いもつかなかったり、知らないことだらけで、いつも面白いのです。3人それぞれ価値観もけっこう違うとは思いますが、2人も芸術なるものを愛していると思います。でも人生の選択はそれぞれに異なるのです。

 私は10代は暗黒かってくらい何もかもがうまくいかなかったし、幸運にも青春らしい時間はあったけど友達って何かもよくわかりませんでした。20代の半ばで京都にやってきて、人生で初めて自分が友人たちと過ごす中で、“馴染んでいる”と思える瞬間に巡り合いました。30代になって、ようやく一人暮らしも落ち着いてきて、一人で生活をまわしてゆくことが当たり前の領域になってきました。

 残念ながら、社会が示す“適齢期”とはあらゆるものがずれにずれているのですが、私の人生においては恐らく順調に、必要な時間をかけて前に進んでいるのです。2人も私の想像を超えてまた、大人になってゆく。人は、私から見るといつも、すごいことをしています。

 

 うまくいかなかった経験が多かったり、挫折を積み重ねると、思考においてそれが癖になりますが、私はもちろん、成長していいし、前に進んでもいいのです。幸せや前進を自分で先取りして止めてはいけない。でも、うまくいかなくなった時も、それを受け止めること。天体と名前の占い(また出ましたが)によりますと、私は挫折や離別を繰り返し、自身の浮き沈みも激しいそう。でも、次は変えられるかもしれない、もしくは、そうであっても大丈夫だよと心構えをして、私は季節を駆け抜けます。

 春から夏は、比喩でも、比喩でなくても、私にとって上り坂。好きな季節だから、ときめくのです。そして守護星が太陽だから、私はその恩恵を受けているような気持ち(気持ちがするのは大切、多分)。

 「生きるのは大変だ」と今夜改めて思いました。社会の適齢期とずれたり、自分という個性があっても、どこかしらは調整して、社会に合わせていかなくてはいけない。それは、自分のためにも。

 確かに私は成長しました。でも、危機感を忘れてはいけない。一人でも生きていけるっていう、自信がほしい。本当は、誰かと一緒がいいですけどね。一人でも大丈夫、という自信があるうえで、誰かと一緒になれたら、私は最強になれる気がしちゃうのです。

 前に進むこと、成長すること、学ぶこと、魅力的でありたいと願うこと、それらがどうか、強制ではなく、私が望むことでありますように。そう思えない時間も、許せますように。振り返るのです。去年、今の仕事を始めた時、私はまだピアノが弾けなかったことを。今の仕事のことも、さっぱりわからなかったことを。ここまでできたから、私はさらに前に進みたいのです。

 

 それぞれの道が浮かび上がってくる年頃ですが、また1年後、2人に会えることを私は願います。大丈夫。また会えるし、前に進めるし、リラックスして。かけがえのない時間をありがとう。

 うまくいかなくなった時のことは、その時考えるとして。

 今は、頑張り時。そして今夜はお休み時。